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甲府地方裁判所 昭和45年(わ)62号 判決

本店所在地

山梨県西八代郡市川大門町一、八三〇番地

株式会社 マルアイ

右代表者代表取締役

村松愛作

本籍

同町一、〇六〇番地の二

住居

同町二、六六一番地

会社役員

村松愛作

明治三二年一月二日生

右の者らに対する法人税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官村瀬武司出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告株式会社マルアイを罰金六〇〇万円に、被告人村松愛作を懲役六月にそれぞれ処する。

被告人村松愛作に対し、この裁判の確定した日から二年間、右の刑の執行を猶予する。

訴訟費用は、被告株式会社マルアイおよび被告人村松愛作の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告株式会社マルアイ(以下被告会社という)は、産業包装用品、紙製品の製造販売等を目的とする資本金一、六〇〇万円(昭和四五年一〇月一日に三、二〇〇万円に増資)の株式会社で、被告人村松愛作(以下被告人村松という)及びその親族が全発行済株式を有する同族会社であり、被告人村松は、被告会社の代表取締役としてその業務全般を統括していたものであるところ、被告人村松は、被告会社の業務に関し、法人税を免れる目的をもつて、現金売上の一部を除外し、これを簿外預金として蓄積し、或いは棚卸を除外する等の不正な方法により、その所得を秘匿したうえ、昭和四一年四月一日から昭和四二年三月三一日までの事業年度において、被告会社の実際所得金額が別紙(一)修正損益計算書記載のとおり八、四八九万二、七七〇円であつたのにかかわらず、昭和四二年五月三一日山梨県南巨摩郡鰍沢町一、三〇二番地所在鰍沢税務署において、同税務署長に対し、所得金額は二、九〇四万六、四七九円であり、これに対する法人税額が九三六万八、八二〇円である旨の虚偽不正の確定申告書(昭和四五年押第四四号の8)を提出し、もつて、別紙(二)税額計算書記載のとおり、被告会社の右事業年度の正規法人税額三、〇六〇万四、七〇〇円と右申告額との差額二、一〇三万五、八八〇円を逋脱したものである。

(証拠の標目)

一、被告人村松の検察官に対する供述調書二通

一、被告人村松の昭和四三年三月一三日付、同月一五日付、同年六月一七日付、同月一八日付、同月二四日付の各質問てん末書

一、証人玉利盛隆、同百木敏郎、同樋口三郎(第四回公判期日におけるもの)、同村松常男、同深沢渉、同村松久次の当公判廷における各供述

一、常盤喜雄(二通)、塩島愛子、樋口三郎、斉藤恒作、の検察官に対する各供述調書

一、塩島美代子(二通)、宮下幸子、秋山京子(二通)、落合浩、田中保造の各質問てん末書

一、大蔵事務官百木敏郎作成の昭和四三年七月二〇日付「現金売上除外額の調査書」、同日付「期末商品等のたな卸除外額調査書」及び「法人税額計算書」

一、大蔵事務官松田勝春作成の「法人税額計算書」

一、大蔵事務官百木敏郎、同野見山雅雄共同作成の調査書類二通

一、大蔵事務官田村一作成の証明書二通

一、山梨県中央銀行市川支店長藤森博作成の証明書三通

一、日本勧業銀行甲府支店長保知孝一郎作成の「残高証明書」(昭和四一年四月一日~昭和四二年三月三一日期定期預金利息発生額に関するもの)

一、樋口三郎作成の昭和四三年六月二五日付上申書及び提出書四通

一、登記官吏作成の商業登記簿謄本二通

一、押収してある、売上メモ四枚(昭和四五年押第四四号の1)総勘定元帳四冊(同号の2)、経費明細帳二冊(同号の3)、現金売上計表メモ等二枚(同号の4)、棚卸表(紙袋入)(同号の5)、経営分折資料三冊(同号の6)、在庫表(紙袋入)(同号の7)、法人税申告書一冊(同号の8)、同(修正分)一冊(同号の9)

(法令の適用)

被告人村松の判示所為は、法人税法一五九条一項に、被告会社の判示所為は、同法一六四条一項、一五九条一項に、それぞれ該当するところ、被告会社については、本件においてその免れた法人税の金額が五〇〇万円を超えるので、情状により、同状一五九条二項を適用してその免れた税額に相当する金額二、一〇三万五、八八〇円以下において、被告会社を罰金六〇〇万円に、被告人村松については、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期の範囲内において被告人村松を懲役六月に、それぞれ処し、被告人村松に対しては、情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から二年間その刑の執行を猶予し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人ら両名の連帯負担とする。

(弁護人の主張に対する判断)

一、弁護人は左記(一)ないし(三)のとおり主張する。

(一)  (損金の計上もれについて)

被告会社の本件所得金額については、本件事業年度中に生じ、未だ右事業年度の損金として計上されていなかつた仕入及び未払費用が計算されておらず、従つて、右計算方法は、期間損益対応の原則に反し、「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」によるものといえない。

(二)  (受取利息の一部時効完成について)

受取利息脱ろう額のうちには、昭和三九年三月三一日までに蓄積された元本に基因する利息が含まれていいるが、右元本については、昭和四二年三月三一日当時、既に課税権が時効にかかつていたものであるから、右元本に基因する利息分は逋脱額を構成しない。

(三)  (青色申告書提出の承認の取消に基く特典の否認について)

被告会社は、本件事業年度当時、青色申告書提出の承認(以下青色申告の承認という)をうけていた法人であつて、法人税法及び租税特別措置法に基づいて、右事業年度における益金のうちから、価格変動準備金、貸倒引当金、退職給与引当金の合計二、八〇〇万三、九八五円を適法に損金に算入したものであるところ、昭和四四年二月二八日鰍沢税務署長から右承認を取消されたのであるが、右取消により、前記の全額が本件事業年度の所得となるたとについては異論がないけれども右金額が本件法人税法違反事件の逋脱額には該らない。何故ならば、前記の損金算入が「不正行為」ではなく、また刑罰不遡及の原則によれば、遡つて「不正行為」と看做すことはできないし、また税務当局の徴税上の配慮如何によつて逋脱額となるならば、それは著しく法的安定性を害することになるからである。また、犯意についても、前記のとおり、本件当時、適法な損金算入であつた以上、被告人らには「不正行為」であるとの認識はなかつたものである。

二、そこで、右各主張について、順次判断する。

(一)  損金の計上もれについて。

なるほど、本件事業年度においては、弁護人主張の如く、未計上仕入、未払費用が存したと窺われる事情もあるが、他方前掲証拠によれば、被告会社は、本件事業年度の一〇年以上も前から、当該事業年度内に生じた仕入や費用についても、請求書、計算が遅れるなどの理由により、支払すべき金額が確定しないため右年度内に支払いがなされなかつた場合にはその支払が現実になされた翌事業年度において、これらを損金として計上するという会計処理方法を一貫としてとつておりこれが被告会社なりの慣行となつていたこと、右処理方法は被告会社本店所在地と仕入先等との距離や交通事情ならびに被告会社の取扱い事務量が比較的多いこと等も勘案すると必ずしも不合理不当のものとはいえないこと、税務当局も右被告会社の慣行を是認してきたことが認められる。

右認定事実によれば、右会計処理の方法は、必ずしも、期間損益対応の原則に反し、「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」に悖るものとは断言できない。なお、本件事業年度より、被告会社が前記の会計処理方法を変更したとしても右変更は前記認定のとおり一〇数年来の慣行によつて計理がなされた本件事業年度について何ら影響を及ぼすものではない。

(二)  預金元本に対する時効の点について。

本件においては、被告会社が昭和三九年三月三一日以前から簿外預金の蓄積をしていたことは疑いのないところであるが、前掲証拠によれば、右蓄積額がひきつづき本件事業年度においても被告会社に帰属し、本件事業年度中に所定の利息を生んだことは明らかであつて、これによれば、右利息が課税の対象となることは全く争う余地がないものといわなければならない。

(三)  青色申告承認の取消に基づく特典の否認について

1、まず青色申告承認制度について考察するに、戦後の税制改革により所謂申告納税方式が大巾に採用されたが、この方式が円滑公正に実施されるためには、各納税義務者が、その取引関係を正確に記録した帳簿を備え、これによつて所得が過不足なく把握される計理体制が整備される必要があるところ、青色申告承認制度とは、かかる正確な記帳の慣行を普及せしめて自主的納税の実をあげるべく、誠実なかつ、信頼性のある記帳をすることを約束する納税義務者に対し、右記帳とこれに基づきその所得額を正しく計算して申告納税をすることとを条件に、所謂青色申告書の提出を許す一方、諸準備金の設定等所得の算出につき有利な各種の特典を付与するものと解される。右趣旨に照せば、正確な記帳、申告こそ、右特典付与の理由に他ならず、かかる記帳、申告が実行されない場合には、右特典はそもそも付与されるべきではなく、納税義務者は、右特典によらない通常の所得算出方法による税額を納付すべきことは当然といわなければならない。

2、ところで、一旦、青色申告の承認を受けた法人(以下青色申告法人という)について、不正確、不誠実な記帳、申告がある場合には、法人税法は、納税手続を明確ならしめるため、所轄税務署長の承認取消処分により、遡つて前記の特典を付与すべきでないことを納税義務者に明示せしめている。事柄の性質上、右取消処分は、不正な記帳、申告等の事後になされることが通例となるところ、弁護人は、この点をとらえて、青色申告の承認取消に基づく特典の否認については、その否認額が逋脱額に該らないものと主張するのであるが、前記の青色申告承認制度の趣旨と、右取消処分があくまで、納税手続を明確ならしむる確認的方法にすぎないこと、とに思いをいたせば、青色申告承認に基づく準備金等の損金算入も、法人税法一五九条一項の「不正行為」を構成する場合があるといわなければならない。即ち、前記取消処分は申告時より後になされた場合においても、その効果は、承認が取消された当該事業年度開始の日に遡ることが法で定められている(同法一二七条一項本文)のであるから、承認の取消がなされるべき事由(同条項各号)が存することを知り、従つてまた取消を予想する者が、敢えて前記の損金算入をした確定申告を行い、その結果、右取消がなされた場合には、遡つて右確定申告は虚偽不正の過少申告となるに他ならず、まさしく、申告当時に租税債権を侵害すべき「不正行為」となるのである。

3、そこで、本件について判断するに、前掲証拠を総合すると、被告会社は本件事業年度において青色申告法人であり、右事業年度において価格変動準備金等合計二、八〇〇万五、九八五円を損金として算入した確定申告書を提出したが、判示の現金売上の一部除外、簿外預金の蓄積及び簿外利息の取得、棚卸除外等によりその帳簿書類に取引の一部を隠ぺい又は仮装したため、昭和四四年二月一五日所轄鰍沢税務署長により青色申告承認の取消をうけこれが同月二八日被告会社に送達されたこと、被告会社が青色申告承認の申請をするに際しては、被告人村松は青色申告による特典に着目して右申請をしたこと、税務当局が右承認をするにあたり、その取消のあり得べきこと及び取消の場合の法律的効果等を説明し、被告人村松がこれを聞知したであろうこと、被告会社における現金売上の一部除外等の不正確、不誠実な記帳態度は本件事業年度により相当以前からなされており、被告会社は、青色申告承認制度の趣旨を長らく無視しつづけてきたこと、そして右記帳態度にかかわらず、本件事業年度に至るまで、幾年にもわたり青色申告書による申告を繰りかえしてきたこと、現金売上の一部除外等の他本件犯行態様をも併わせて、被告人村松においては、私利私欲に出たものではないが、明らかに法人税を免れる意図を有しつづけてきたことを認めることができる。

右認定の事実を総合すれば、被告人村松は、青色申告承認が取消されるべき行為を自ら行い、従つて、右取消が早晩なされることがあるかもしれないこと、及び、そのときには遡つて前記特典が付与されないことになることを予測しながら、敢えて、前記の価格変動準備金等合計二、八〇〇万五、九八五円に相当する所得を損金として算入した確定申告を行つたものであつて、前記日時に取消処分がなされた以上、右行為は「不正行為」を構成するものといわなければならない。

従つて弁護人の主張はすべて理由がない。

よつて主文のとおり判決する。

昭和四六年一〇月二日

(裁判長裁判官 田中加藤男 裁判官 佐藤壽一 裁判官 雛形要松)

別紙(一) 修正損益計算書

自 昭和41年4月1日

至 昭和42年3月31日

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別紙(二) 税額計算書

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税額の計算

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